第10回研究会 2025年5月10日(土)16:30-1800

現在、台湾には30万人を超えるインドネシア移民が居住している。その大部分はムスリムの移民労働者であり、かれらが集う商店や宗教コミュニティを対象とした研究はこれまでに少なからず蓄積されてきた。その一方で、移民労働者と台湾社会とのつながりを構築してきた同国出身の定住者(主にキリスト者である華僑・華人)は、移民労働者の受け入れ開始以前から台湾に居住し、各地で宗教コミュニティを含む各種の集いや団体を形成してきたにもかかわらず、それらを対象とした研究はほとんど行われてこなかった。

 そこで本発表は、台湾に定住するインドネシア移民が設立したキリスト教コミュニティに着目する。とりわけ、30年以上の歴史を持ち、台湾人が管理する教団に属しながらも、インドネシア移民のみで会堂を維持・管理している中華メソジスト教会のH教会を事例として取り上げる。ここで収集したインドネシア移民たちのライフヒストリーをもとに、コミュニティ/建物としての教会設立の経緯のほか、そこでインドネシア移民としての紐帯がつくられていく様子を明らかにする。

第11回研究会 2025年6月7日(土)16:30-19:00

  • 溝口聡美(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻現代アジア研究クラスター博士後期課程)「帝国の狭間で生まれた子どもたちのルーツ探し:1942年から46年の日本占領下オランダ領東インドで生まれた「混血児」たちの事例」

日本占領下の旧オランダ領東インドにおいて、「現地女性」と「日本兵」の間に生まれた子どもたちが、戦後オランダに移住した後、いかに自身のルーツを認識してきたのか、またポストコロニアルな集団的語りが「子どもたち」の父親探しに与えた影響を考察する。多くの「子どもたち」は幼少期に父親の存在を知らされず、成人後にルーツを知ったとしても、公に語ることは容易ではなかった。近年「日系オランダ人」という語で語られる中、朝鮮半島・台湾出身の父親やインドネシアという占領された側の歴史的文脈が語られにくい。本研究は、国家の枠を超え、朝鮮半島・台湾出身者を含む「トランスインペリアル」の視点やインドネシアの視点を交え、この問題を再考する。子どもたちによる父親探しが個人のルーツ探しにとどまらず、戦争や植民地支配の記憶をどのように社会が受け止め、語り継いでいくのかという課題に新たな視点を加える可能性についても検討したい。

  • 中鉢夏輝(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

2010年代からのインドネシアではイスラームの原理に基づいた環境運動が拡大している。その代表例がごみサダカである。ごみサダカは喜捨を意味するサダカの精神に則り、再利用可能な廃棄物をモスクで集め、業者に売却し、その収益をもとに慈善活動を行う運動である。これは新しい廃棄物管理法だとしてメディアや行政の注目を集め、今日では全国規模の運動体が組織されている。イスラーム的な環境運動の発展要因について、先行研究は宗教的規範の影響力を強調してきた。他方で、実際の現場では、イスラームに限らず、様々な規範や規則が使い分けられている。では、どのような規範や規則によってごみサダカが形成されているのか。本研究はジョグジャカルタで10年以上ごみサダカを実施するモスクを舞台に、運動と当事者との関係や、様々な当事者同士の関係に着目しながら、そこで共有される規範や規則を分析し、どのようなコンセンサスが生まれているか明らかにする。

第12回研究会 2025年7月12日(土)16:30-18:00

    • 山下嗣太(コーネル大学アジア研究学科博士課程)「インドネシア新秩序体制初期におけるジャカルタの都市景観と対日感情」

    本発表は屋外広告に着目しながら、外交・交易関係がいかにジャカルタの都市景観を、そしてそれを通して対日感情を形作ったかを論じる。スカルノ政権末期に任命されたアリ・サディキン知事は、スカルノによる、日本の戦後賠償を含む国際資金によるモニュメンタルな都市空間を引き継ぎ、さらなる近代化を推し進めた。開発予算拡充のために、賭博を導入し、歩道橋やバス停などの公共空間へ広告を設置した。スハルト新秩序政権が外資を解禁した結果、特に消費財分野に集中していた日本資本がそれらの広告の多くを占めた。都心における日本資本の可視化は反日意識を刺激し、1974年1月の田中角栄首相来訪時の学生運動や暴動へと結びついた。本発表は、外交史料、メモワール、新聞や業界誌などをもとに、急速な戦後復興を遂げた東京において形成されたモダニティの理想像が、いかにジャカルタへと投影され、摩擦を生んだかを論じる。

    第13回研究会 2025年10月4日(土)16:30-18:00

    • 加反真帆(九州大学大学院農学研究院)「エリート・キャプチャーの要因:インドネシア・リアウ州における泥炭保全プログラムに着眼して」

    本研究は、インドネシアの泥炭保全プログラムを事例に、エリート・キャプチャー(EC)の要因を明らかにすることを目指し、運用主体となったNGOの資金調達環境やプログラムの実施状況を分析した。分析の結果、調査対象のNGOはドナー依存に起因する成果主義に陥り、特定の村落に継続してプログラムを導入する傾向があること、NGOのスタッフらは継続的介入を経て築いた特定の住民との信頼関係を重視し、信頼の置ける住民(以下,キーマン)を窓口に据えてプログラムを導入していることが明らかになった。結果として、キーマンにプログラムの利益が偏りやすい構造が生まれていた。一方、キーマンがその他の住民を巻き込み、参加者に偏りが生まれなかった村落もあった。以上から、先行研究が指摘してきたドナー依存に起因する成果主義がECの決定的要因ではなく、むしろキーマンがその他の住民を巻き込まないことがECの要因となりうることが示唆された。

    第14回研究会 2025年11月1日(土)16:30-18:00

    • 神内陽子(名古屋大学助教)「インドネシアにおける修復的司法の受容と展開にかんする一考察(仮)」

    近年インドネシアでは、従来の裁判制度に対する代替アプローチとして、犯罪や非行を人々およびその関係の侵害と捉えたうえで、被害者、加害者、コミュニティのメンバーら当事者間の対話を通じた関係性の修復を目指す修復的司法(Restorative Justice)の導入が進められている。具体的には2012年少年刑事司法制度法により、ダイバージョン(通常の裁判手続きからの離脱)の基礎として初めて修復的司法が採用されたことに続き、2023年1月の改正刑法により、実質的に刑事司法制度全体のパラダイム転換が図られた。本発表では、修復的司法の導入をめぐる議論の内容を分析し、「対話」や「回復」、「エンパワメント」といった修復的司法のもつ諸価値が、インドネシアの文脈においてどのように受容・展開されようとしているのか、そしてそこでは何が問題とされているのかを、他のアジア諸国/地域における改革も視野に入れつつ論じる。

    第15回研究会 2025年12月6日(土)16:30-19:00

    • 長谷川奈々(早稲田大学政治学研究科博士後期課程)「香港政庁によるインドシナ難民危機への対応、1975-1997年」

    本報告では博士論文の序章(暫定的なもの)と、第三章の内容を報告する。インドシナ難民危機において、ASEAN諸国や再定住国に先んじて、難民保護をめぐる国際的な協力へ積極的に参加したはずの香港は、1980年後半協力から率先して離脱していった。博士論文では、こうした対応の転換がなぜ生じたのか、転換を引き留めようとした制約や、促した環境はいかなるものであったのかを明らかにする。1979年に第一回インドシナ難民会議が開かれ、ASEAN諸国と再定住国の間で協力が安定化する一方、1982年に香港では難民キャンプが閉鎖された。第三章では、1975年から第一収容港としての役割を果たしてきた香港で、キャンプの閉鎖は何を意味し、なぜこうした変化が起こったのかについて、英国・米国・ASEAN諸国などの各国政府、UNHCRなどの非政府組織と、香港政庁がいかに相互に影響を及ぼそうとしたのかを分析・検討する。

    • 許楽(慶應義塾大学法学研究科助教)「社会主義中国における失業問題対策をめぐる政治過程」

    中国において1958年から80年代に至るまで、「失業の無い」社会主義社会はどのように維持されたのだろうか。「失業消滅」の現実とその歴史過程は、その後の統治にどのような影響を及ぼしたのだろうか。これが本研究の問いである。

     社会保障を通じて失業リスクの緩和を図る資本主義国家に対し、社会主義国家は、完全雇用による「失業消滅」を目指した。中華人民共和国も、1958年に失業消滅を宣言した。そして1978年以降、徐々に失業の存在を認め、社会保障制度により対応するという大きな転換を経験した。他方、地域社会には、一貫して存在する大量の余剰労働力に対応するための自律的な政治空間が存在した。本報告は、この政治空間に着目し、重層的な国家社会関係における政府、企業、労働者などのアクター間の相互作用を描くことにより、中国の失業対策における大きな転換を成り立たせてきた中国の地方及び基層社会の営みの構図を解明する。

    第16回研究会 2026年1月17日(土)

    • 早田寛(慶應義塾大学大学院)「中国国有企業改革と地方政治——官僚組織の視角から」

    中国の国有企業改革は、社会主義体制の根幹をなす企業所有制度にメスを入れる改革として、大きな注目を集めてきた。とりわけ1990年代の国有企業改革は、WTO加盟交渉とも関連付けられ、一部の中央官僚部門の抵抗をWTO加盟の外圧によって制御することで推進されたと言われる。では、地方国有企業を所有していた地方官僚部門は中央主導の国有企業改革にいかに参与し、改革の帰趨にいかなる影響を与えたのだろうか。地方政府による外資導入が急速に拡大した1990年代において、国有企業改革は地方政府にとっても喫緊の課題であったと考えられるが、地方官僚部門は中央官僚部門と同じく改革への抵抗勢力となりえたのだろうか。本報告は、遼寧省大連市の改革過程を事例に、官僚組織が生み出す地方政治のダイナミズムと国有企業改革の相互作用を分析する。